かざみきもの学院
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<2006年3月>

 

青い春と白い秋

学院長 人の一生を四季にたとえ、青春 朱夏 白秋 玄冬 という言葉があります。
私は、ある時期からこの言葉を大切にするようになりました。
青春は、誰もが知っている通りです。朱夏は最もパワーがあり、恋に 仕事に あらゆることにエネルギッシュに行動する時期。それが過ぎると、それまでに培ってきたものの中から、純粋で静かで美しいものを求める、おおらかでやさしい白い秋。そして誰もが迎える真っ暗で深い冬。
「一生青春」と言う人もありますが、私は欲張りだからすべてを実感していきたいと思っています。

私は、20歳の頃から大人の女性に憧れていました。いつも頭に描いていた憧れの女性は、きものを着た凛とした人でなぜかパラソルを持っていました。

世間では若いことが素敵なことで、歳と共にだんだん価値が下がるというように思っている人が多いようです。16 17の女の子が20歳前半の女性に「オバン」と言い、「30過ぎると・・・・」      何かが間違っています。

この仕事をしていく中で、女性の生き方に興味を持つようになりました。
年齢は少なくなっていくことはないのに、そのことは誰でも知っているのに、どうして、流れに逆らい、悩むのでしょう。自然の流れに身をおいて、その時、そのときを大切に生きようとしないのでしょう。

「朱夏」真っ赤に燃えて走っていく時期。
私は今でも、駅では歩くのが早いのです。
東京へはよく通いました。仕事をしているとき、勉強をしているときは、子供のことは忘れていますが、終わるとお茶も飲まないで、早足で歩いていました。当時は埼京線もなく、新宿から池袋 赤羽と2回乗り換えなくてはいけないので、1本でも早く乗り換えたいと、駅は早く歩くのが癖になってしまいました。

きもの学院、美容師さんの着付け、時代衣裳 舞台衣裳 カラーアナリスト、さらには若い社長さんたちが勉強する経営戦略セミナーまで。とにかくいろいろなところへ行きました。もちろん、受けたことを全部マスターしたわけではありませんが、当時の教える立場にある私には、「学ぶこと」それが精神安定剤だったのだと思います。

それから時が流れて、今から7年前になりますが、全国きもの指導者協会総会の開催校として、松山の県民文化会館で、2時間のきものショーをしたときのことです。舞台監督さんとショー構成の打ち合わせのとき、最後に「凛々とミセス夏を着る」というタイトルで、きもの大好きなミセスに、夏のきものを予定していたところ、「最後は若い人で華やかに」というプロの考えと意見が合わず、長い間話し合いました。これは、これまでの私の仕事の中で、ずっと目指しているテーマなのです。
ショーのための、華やかなもの、変わったものを次々と見せて、最後に、素敵に歳を重ねているミセス何人かに、シンプルにさらりと着こなしてもらい、若い女性が目指す一つの姿として表現したかったのです。
時間をかけて分っていただき、本番では、終わりは夏塩沢、夏大島の女性がパラソルを持って・・・ やがて暗転の中で波の音・・・間をおいて全員出場のフィナーレ。 このシーンは忘れられないものになりました。

先日、松山の高校の、東京方面にいる人たちの同期会がありました。松山で青春時代を共に過ごした人達ですが、その後、それぞれの道で朱夏の時期をエネルギッシュに生き、そして 白い秋に集いました。
みんな、力まず、気負わず、それぞれの朱夏を認め合い、時効になった初恋を語り・・・
そんな気持ちになれるのは、それぞれの経験の中で、色々な「ものさし」があることを実感しているからだと思います。
学校の成績から始まり、世の中での一般のものさしで、自分を測り、人を測り、そのことで振り回される時代があって、そして今は色々な角度か見る、ものの見方考え方があることを知っているから、若い頃よりも、人を受け入れ、優しくなれるのだと思います。

青い春は 今、白い秋の中にありました。
みんなの目は優しく素敵でした。

もし、若さだけを武器にし、内面を磨くことを忘れている人が居るとしたら、
もし、歳を重ねることに不安を感じている人が居るとしたら、

この素晴らしい白い秋があることを伝えたいと思います。


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渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

 
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